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2010-01-23 (Sat)
よく出てくる単語「試し行動」
これって里子の“問題行動”として語られることが多い。
不思議。

試すっていうのは、その人との信頼関係とか愛情を試してると
思うのですが、そこまでの行動をするということは、信頼されて
きているのじゃないのかなと思います。
好かれ始めてるから出てくる行動なのに“問題”とされてしまうのは
なんとなく腑に落ちません。
自分の手に負えない行動、自分に困った行動を取ったから“問題である”とするのは、
その子供の気持ちが見えてないのじゃないのかな?と思うのです。
行動だけ見て“問題”
じゃあ、気持ちだけ見たら?もっと深く関係を築こうとしてるんですよ。

自分が何かをすることを問題として捉えられると、その行動を
するのは「自分が間違っている」と私なら思います。
愛情を試すのも信頼関係を試すのも悪いことなのだと感じてしまいます。
その子がやっていることが悪いことなら諭すべきですが、
その行動をしている根本にある気持ちも見ての「問題」としてるのでしょうか?
さまざまな形で出る試し行動を全部「問題行動」としてしてしまうのは
どうでしょう。


そして、これが「問題行動」とされることによって、里子を虐待したことへの
言い訳として使われること。
これこそ問題行動。
ではないでしょうか。
虐待をしたのは「里子には試し行動という問題行動があるから。」
子供の特有の(または独特の)行動を利用した言い訳にしかならないと感じてます。
加害者は誰なのか、よく考えてもらいたいと思います。
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