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2011-12-31 (Sat)
今年もたくさんの人にお世話になりました。

そしてご協力ありがとうございました。

明日は新年です。
いいお年を迎えられますように。

私は今年は除夜の鐘でも撞きに行こうかなぁと思ってます。


混んでるんだろうな・・・・。
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| 私事 | COM(0) |
2011-12-15 (Thu)
どちらかを「より良く」見せるためには、どちらかを「より悪く」表現しなくては
いけない。

「美談」にするためには「醜く悪く」なってくれる人柱がいる。

その人柱が「施設の子供」であり「里子」であり「子供」

大人をキレイにみせるために、子供を醜く悪いものにする。

問題を起こすのは常に「子供」で、その問題を解決するのは常に「大人」

子供が大人に虐待されたり殺されると、「子供の問題」を掲げる。
「大人の問題」は?

「実親が~」
そこに実親がいましたか?
「子供が~」
その手は子供を破壊するためのものですか?
包みこむためのものですか?

自分達をよりキレイに良いものに見せようと、子供を犠牲にして
子供に酷い言葉を平気でぶつける。

「問題児」「~障害」「嘘つき」「暴力的」「捨てられた子供」

これらを言われる子供の気持ちなんか考えてない。

もし、大人をキレイに見せるために、子供を犠牲にしている文章や漫画などを
当事者の子供が見た場合、どう感じると思いますか?


喜ぶと思いますか?そこに将来の希望が見出せますか?


これらの言葉は大人になってからでも、ずっとつきまとうものです。

なぜ、もっとより効率的に子供を傷つけることを考えますか?
大人が気持ちよければそれでいいですか?

大人がヒーローでいたいために、なぜ子供を悪役しますか?

精神的虐待はいつまで続きますか?

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| 未分類 | COM(1) |


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